実は、最近、私の小説ブログ『病むに病まれてビラの裏』用の小説を書いておりました。いつもは、推敲とかなしの一発書きがほとんどだったのですが、今回は、推敲を行った関係で、最終バージョンまで5バージョンが出来ました。

 そんな訳で、1,3,5(完成稿)のバージョンを三つのブログで同時公開してみました。元ネタ的に、小説を偏在化させる…という感じでしょうか。ちなみに、この記事は第三稿で、第一項と完成稿は、以下のリンクから読めます。


うろおぼえserial experiments lain『01 WEIRD』の第一稿の実験的公開
うろおぼえserial experiments lain『01 WEIRD』←完成稿

 以下が小説の本編です。


−私はここにいたくないの。


 四方田千砂(よもだ ちさ)の目に映る世界は空虚だった。眼下に広がる繁華街のネオンも、雑踏も、車の騒音も、彼女にとって既に意味をなさないモノだった。それは、彼女が空虚だからこそ、そう感じられたのかも知れないが、彼女をそうさせたのも、この空虚な世界だった。

−ここにいなくても、繋がってられる。


 少女は、眼鏡を外した。お下げ髪とならんで、それは彼女を特徴付けるモノだった。しかし、彼女がそれを望んでいた訳ではない。それを持って行きたくなかったのかも知れない。彼女にとって、補正された世界も、補正されてない世界も、どちらも同じくらいに意味のないモノになってしまった。見えている世界と、見えない世界、その違いは何か。

−なぜみんなここにいるんだろう?


 少女は、先ず、眼鏡を先に落とした。眼鏡は、壁にぶつかり、そして、地面にくしゃりと落ちた。そして、既に乗り越えていた柵に手をかけ、身体を反らせ、足と手を伸ばした。

−私は、ここにいなくても、繋がってられる。



 繁華街の路地裏。援助交際とおぼしき中年の男と、化粧をして、ゴテゴテの衣装に身を包んでいる女子高生のカップルが唇を貪りあっている。双方が求めるモノは、明確に違うわけだが、それらが交わる先が、唇なのである。ガシャンという音がして、バーの電飾の看板が砕け、倒れる。二人が振り向くと、そこには一人の少女が横たわり、徐々に血だまりが広がっていく。服の裾が破れている。途中でどこかに引っ掛けたのだろう。女子高生が短い悲鳴をあげる。徐々に路地裏は騒々しくなる。その上では、ネオンがバチバチっと火花をあげ、張り巡らされた電線と柱上変圧器は、特有のうねり音を出していた。



 *  *   *



 がちゃりと扉が開く。初冬、朝にしては強くそして、冷たい光は、背景、景色を白く飛ばし、その中に岩倉玲音(いわくら れいん)が現れる。玲音の世界もまた、空虚だった。普段の何気ない風景は、意識の中に印象として残らないのかも知れない。いつもと変わらない、朝、玲音は、これから学校に向かう。

 認識の問題だが、目に見えている世界は、世界の本当の姿なのだろうか。人間の視力に関して言えば、可視光線が形作るモノが、認識しているモノということになる。しかし、例えば、電磁波は、もう人間の生活には切っても切れないモノになっていて、見えないが、地球上のほとんどの場所に存在している。視認できない世界がそこにある。太陽の光が作る影も、実は色々な影が重なりあっている。その層の一つには、赤い斑点が、散らばり、互いに連結するように細い線で繋がり、神経ネットワークのようなモノを形成している。その朝の世界の中を玲音は歩いて行く。

 玲音の見る世界は、玲音にしか認識できないが、中学2年生の少女の感受性に、そういう目に見えない世界も、何かしらの影響を与えているのかも知れない。


 通学の電車の中。車内には、通勤中の疲れたサラリーマンが、これから仕事だというのに、うなだれて、僅かな睡眠を貪っている。電車の中は、大体、毎朝同じ人が乗っている。いつもの人という感じで、顔は知っているけど他人で、互いに声をかけるようなことは決してなく、各々が携帯電話をいじったり、寝たりして、各々の世界にいる。そんな中、玲音はドアの前に立ち、窓の外を眺めている。

 線路の傍は、様々な電線が張り巡らされている。電線は電気を供給し、通信線には、ワイヤードでやりとりされる様々な情報が流れている。電線の周囲には、磁界が発生している。また、通信線からも多少の電磁波が漏洩している。それらは相互に作用して、とても小さな音だが、うんうんとうなりをあげている。

−…うるさいな。


 近くにいた人は、少しだけぎょっとして、玲音の方を見る。しかし、それが独り言だと分かると、また、各々の世界に戻っていった。


 玲音は、中学校に着くと校門の前で歩みを止めた。強い日差しで、目を細めると、景色は影絵の世界となった。昇降口に向かう生徒達の姿が、黒く、輪郭のぼやけた影となり、そこに確かに存在しているはずなのに、その存在は、何か、希薄な、あやふやなモノに感じられた。鉛筆で荒く塗り潰したような人間達が、上履きに履き替え、校舎に入っていく。


 教室に入り、玲音が自分の席に着くと、一人の女生徒の泣き声が聞こえた。その女生徒の傍では、二人の女生徒がそれを慰めていた。玲音が通う中学校は女子中学校のために、生徒は女生徒しかいない。泣いている生徒は、加藤樹莉(かとう じゅり)、慰めている生徒は、瑞城ありす(みずき ありす)と山本麗華(やまもと れいか)で、玲音が話しかけられる数少ない同級生である。玲音が樹莉の方を見ると、ありすが「おはよう。レイン。」と声をかけてきた。樹莉の事を気遣ってか、声のトーンは抑えられていた。

−ジュリちゃん…どうしたの?

−その…届いたんだって、メールが…。

−メール?

−ヨモダチサからメールが届いたのよぅ。

 そう言い、樹莉はまた机にふして、多少わざとらしい泣き声を上げる。

−チサちゃん?

−…その、B組のチサちゃんって…実は先週、自殺した子なの…。

−それなのに、その死んだヨモダチサからメールが届くってのが、流行っているんだって。イタズラだってぇ、そんなの。

−でも、でも、でもぉ…。

 麗華は、やれやれという感じで、樹莉の頭をよしよしとしている。ありすが、少し間を起き、緊張した面持ちで玲音を見た。

−レインのところには…届いてないよね?メール。

−メール、見ないから…。

−えー!?レイン、メールしないの?

 麗華は、少し呆れて玲音に言う。

−…。

−えーと、さ、レインも今時の女の子なんだからさ。メールの一つくらい見ないと、時代に取り残されちゃうよ?私達もメールするから、たまには見てね?

 ありすは、玲音の表情を察して、少し明るめに言った。

−…。


 授業中、玲音は、ぼーっと黒板を眺めていた。授業内容は情報科学らしい。分岐条件を説明した文章や、ベン図、簡単な命令語が板書されている。玲音の視線は中空を漂い、黒板の内容を読んでいる訳ではなく、顔が向いている先に黒板があっただけである。玲音は、指先に違和感を感じ、ふと右手をみると、5本の指先にぷつりと穴が開いた。そしてその穴から、しゅーっと煙が噴出してきた。手に痛みはない。ただ、指先から煙が噴出していくことが目で見て感じられる。教室は、噴出した煙で覆われてしまった。

 また、違う世界が姿を現した。視界は煙に遮られ、黒板の前に立つ先生も、教室にいる同級生達も、また、影絵になってしまい、話し声もどこかに行ってしまった。その中で、チョークが黒板に削られるカリカリという音だけが響いていた。その音は、徐々に大きくなっていった。


 *  *   *


 がちゃりと扉が開き、玲音が玄関に入ってくる。靴を脱ぎ、夕日が差すリビングを通り抜ける。両親は共働きでまだ帰宅しておらず、高校生の姉もまだ家に帰っていない。階段を上り、玲音の部屋に行き、ベッドの上に座った。壁に背をつけ、少し上をみて、ぼーっとしている。窓には観葉植物といくつかの縫い包みが並んでいる。部屋の隅には学習机があるが、あまり使っていない。本や小物が積み重なり、物置のようになっている。そこには、昔、父親に買ってもらった赤色のNAVIも置いてあり、クマの帽子が引っ掛けてあった。

 玲音は、机の前に座った。クマの帽子をかぶり、久しぶりにNAVIを起動する。起動画面になり、IDの入力となる。父親が設定してくれた『lain』というIDを、慣れない手つきで入力する。画面には『ナマエ、コエデ、イッテ』と表示される。音声認識でログインが開始される仕組みだ。

−レイン。


 音声の分析が始まり、カリカリという音が鳴る。画面には『スコシ、マツ』と表示されている。文字の下の進捗ゲージが満たされると分析は終了し、OSが起動した。

−ハロー。レイン。ヒサシブリ。

−ハロー。ナビ。


 玲音は、NAVIに声をかける。スタートアップに登録されているプログラムが、次々と読み込まれていく。メールソフトが起動し、受信ボックスが表示される。

−メール、イッケン。


 一件の最新メールが表示される。件名は『レインへ』。差出人は『ヨモダチサ』。それらは、NAVIのOSの機械的な音声で読み上げられ、そのまま、本文が読み上げられた。

−レイン。一度だけ一緒に帰ったよね。

−死んだ時は痛かったよー(笑)。

−私はそっちにいたくなかったの。

−なぜみんなそっちにいるんだろう?

−こっちいれば、繋がってられるのに…。





To be continued...

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